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みえないことづけ ~ノロのつぶやきNo.14~

2000.11.25著

それでも 手のなかに
みえないことづけを
にぎりしめているような気がするから
それを手わたさなくちゃ
だから

あいたくて


くどうなおこ 「あいたくて」より抜粋

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勝手ながら今回は私事から展開していくことをご容赦下さい。

母方の叔母の容態が急激に悪化した。母のすぐ上の姉である。
全くと言っていいほど医者の世話になったことのない叔母が、
診察に行くことを決心し、昨日検査を受けた。
しかし、もう、来週火曜日の検査結果を待つことですら心もとない状態。

小学生で親父を亡くした私にとって、
叔母夫婦は親以上の恩義があると言っても過言ではンない
ほど言葉では言い尽くせぬ世話になって来た。

私の結婚を見届けて今は亡き人となった叔父は、私の父そのものであった。
夫婦に子どもが授からなかったことがあるにせよ、叔母夫婦の無償の愛を
私は一身に受けて来た。

そして、同じく叔母のすぐ上の兄にあたる叔父も体調がすこぶる悪い。
シベリアに抑留された経験を持つ私の亡き親父と同じく、戦中に満州で
苦労した故か、私たちには想像も出来ないほど辛抱強い叔父も
ついに耐えかねて検査に行った。

朝早くの百姓仕事、昼は農業委員会の委員長や市会議長まで務め、
夜は百姓仕事の残務や事務仕事と他人の何倍も汗を流してきた人である。
国会と同じく市会などでは、たいていロクでもない人間しかいない。
その、私利私欲に固まったもめごとをいつも冷静に諭し、鎮めてきた。

私の亡き親父も含め、叔父たちには何の学歴もない。
人の為に尽くし、自分の為には陰で努力をして自分自身を一人前にして
来た人たちだ。
そろって、信頼の厚さは誰が見ても明らかだった。

実は、母方の叔父は、先号で私が題材にし、批判した”叙勲”も授かっている。
その叔父ですら、いつぞやからの限度を超えた政治の質の悪さには呆れ返っている。

百姓なんかやめて、土地を売れば少しでも楽になるかもしれない。
そうなれば、又しても開発の餌食になる。理念無き守銭奴の餌食になる。
緑が無くなる、味気も表情も無い同じような風景にただ侵食されるだけだと・・。

叔父の「ことずけ」は私の従兄弟に手渡された。
従兄弟は火の車でも耐え続けている。
人はバカと思うかもしれない。
税務署もこういうのはバカとしか扱わない。

しかし、結局泣きを見るのは私たち全ての”にんげん”なんだと思う。
右肩上がりが当たり前という常識が全てを食い尽くした後、
呆然と立ち尽くすのは他ならない私たち”にんげん”なのだ。

中島みゆきの”ファイト”が不意に口をついて出て来る。
私が最も好きな歌の一つ。

闘う君の歌を 闘わない奴らが笑うだろー
ファイトー


ともに、私の両親と同じく、いやそれ以上に、自分の為には何一つ贅沢もせず、
ひたすら人の為に生きてきた、そんな人生。

私は、これらの周囲の人の「みえないことづけ」を確かに受け取りながら生きてきた。
「過激派」だと私の親も周囲も誹ったが、あなたたちの「ことづけ」そのものだと今でも
私は思っている。

しかし、恩返しと言えるほどのことが何一つ出来ていない。
これほど悔しいことはない。
”あなた達の「みえないことづけ」を確かに受け取って生きてるよ”と言うことしか、
もう恩返しは出来ないかもしれない。

そして、この叔父・叔母たちの「ことづけ」は、私の「ことづけ」
-自分自身を確かに生きなさい。人や社会に惑わされることなく-
とともに、私の子どもたちと全ての子どもたちに確かに手渡したいと思っている。

「みんながしてるから・・・」「みんなが持ってるから・・・」
長いものに巻かれ、世に流されるほど無意味で貧しく哀しい人生はない。
心の底から湧き出る思いである。

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