雪印乳業の過失を自らの鏡に映し出す ~ノロのつぶやきNo.7~
2000.09.02著
雪印乳業の食中毒事件も原因が判明してほぼ一段落。
大きな過失を犯した雪印自体の屋台骨はそれでも安泰のようです。
そして、いつも不思議なことに、「今までは何もなかったの?」と首を傾げたくなる程、同じような事象が次から次へと連鎖反応的に湧いて出て来るんですよね。
それはともあれ、当然のこととして、雪印を始めとするこれらの食品メーカの過失責任は非常に大きなものがあります。
この辺の論調はどのメディアでも取り扱われているので、別段どうこう言う必要もないと思います。
ただ、「斜に構える」ことを一つの自然のスタンスとしておりますと、どんなことでも、違った面が浮かび上がってきます。
初めてではありますが「いつもながら」という言葉を使わせて頂いて斜に構えた感想を書き記したいと思います。
いつもこの手の事件になると、”ボロクソ”に言われる製造者側なのですが、いつも”ボロクソ”に言うあなた方は、「自らも自らの仕事の中で、それだけの責任とリスクを負って仕事をしているのですか?」と懐疑的に問いたくなってしまいます。
人が誰でもそうであるように、過失を犯した側も『こいつにだけは言われたくない』という気持ちが湧いてくることも多々あるだろうと思うわけです。
特に、現代でしかありえない金融バブル業界などは、自分の儲けだけのために仕事していますから、人に損をさせるのは当然自分の「責任」ではなく、損した方の責任にできるわけです。
マスコミなどジャーナリズムも最たるものですよね。
報道の自由などと叫び、さも立派な仕事のように見えますが、批判にしろ同調にしろ、評論しておけばよいだけで何の責任も無い。
三流ジャーナリズムは特にそうです。
事実の報道や評論だけしていれば、別にたいした責任も問われることもなく、それで高給を取っている輩だけには無責任に批判されたくないですね。
社会的な責任が発生しないような業種の輩には言われたくもないのが本音でしょう。
世の中には、消しゴムで消せば済む程度の「責任」しかない仕事と、取り返しのつかない「責任」のある仕事と2種あります。
不思議なことに、自らの責任の軽い輩に限って、他者への批判は人並み以上にするのが世の常に見えます。
批判するべきは当然批判していかねばならないのですが、
批判する自分を鏡に映して自分を振り返る作業もしていかないと世の中憎しみの塊しか蓄積されないでしょう。
私も製造側の人間ですから、「安全」に関するPL法には縁がありますし、特に生産設備が専門ですので、PL法の意味はより直裁に理解もしているつもりです。
しかし、一方、「法」になったが故に、とにかく過剰防衛をしなければならない場面にもよく出くわします。
「こんなところに指突っ込むようなアホな奴はおらへんで!」
しかし、万分の一でも自分の頭の中に浮かんでしまったら、「アホ」を想定して、とにかく処置せざるを得ません。
あまりにもアホらしい必要性だと思っても、とにかくマニュアルでだけでも謳っておくとかの処置をしないわけにはいきません。
電子レンジの中にネコを入れて暖めてやろうという人がいることすら想定せねばならないわけです。
ただでさえ競争激化の中、コストダウンが至上命令で徹底的にムダ排除に知恵を絞ってきた生産現場において、一方で必要以上にコストをかけるという「ムダ」も発生していることも多いと思われます。
人間の安全面に関わる重要なファクターですから当然なのですが、こういったコストダウン至上命令の最前線生産部門の技術では、自らにその努力が報われることはまずありません。
働いている技術者・技能者自体がコストダウンの対象にすらなっているわけですから・・・。
製造側は万が一に備えてPL保険に入らざるを得ないわけで、手間を食った上、保険料までも支払わなければならないのですから、結局、努力してコストダウンした分と相殺されてしまうということになってしまいます。
競争原理と安全・衛生という相反するものの中で、働く人々自体が犠牲にならざるを得ない状況というものが現れ始めているといった風景が浮かび上がっても来ます。
安全や衛生という人間にとって最も大切な部分を全うすることが、極端に言えば自らが生きる為の生存権と敵対することになるといったようなシステムであるならば、そのあり方を変えない限り、本当の安全は保証されないように思えます。
【食】の危機? ver.2007
検証・「雪印」崩壊―その時、何がおこったか
独立してから、雪印の工場には1,2度商談に行ったことがあります。
実際に仕事を請け負った覚えはありませんので、おそらく案件が飛んだかタイミングが合わなかったなのでしょう。
スターホイールによる牛乳瓶のエスケープメント(自動機における整列した対象品を分離、切り出すこと)があったことだけをかすかに覚えています。
2007年、『我々の生命の糧 食品』でさえ、何も信じることが出来ないような状況に陥っています。
どこまで、本末が転倒してきているのかと嘆かざるを得ませんね。
名門企業の信じられぬ堕落!
集団食中毒事件を引きおこし、酪農家と消費者の信頼を裏切った「乳業」。
親会社の教訓に学ばず、牛肉偽装事件で自滅した「食品」。
組織内でしか通用しない論理で動き、再生の道を歩もうとしても政と官に
振り回される雪印グループの姿を通して抉る「日本の劣化」。
(「BOOK」データベースより)
自然農法わら一本の革命・・・福岡 正信
【福岡 正信】 その名を知っている人は少なくないでしょう!
自然農法のパイオニアであり、自然農法と言えば福岡正信というほど有名な方です。
でありながら、日本よりも圧倒的に海外に影響力を及ぼしています。
それは、取りも直さず、経済原理にはそぐわないからです。
【農】としては成立するけれども、【農業】としては成立が困難だということに他なりません。
主婦の皆様は、出来れば(予算が許せば)無農薬の野菜をお買い求めしたいと思われていますよね。
しかし、一方で、【農薬は危険だ】ということばかりを前面に出すと、これも科学的にはおかしな話になって来ます。
正確に言えば、全てのものは自然も加工品も含めて、人間にとって安全なものから危険なものまで分布しているということですね。
そして、この中でその危険度の度合いを知り、私たちの生活に活用しましょうということです。
ただ、身体には、知りうる限り安全なものを摂ってやりたいということが正しい認識となります。
ですから、農薬について規制も整備されているこの日本ですら、もちろん無農薬で育てた野菜を摂ることが一番確実にベストの方法です。
家庭菜園をされるなら、せめて無農薬でされて下さい。
当然、相当な手間はかかりますよ。形も悪いですよ。
でも、買ったものと食べ比べてみて下さい。
『味が違います。』・・・この一言ですね。
うちの子どもたちなんかは、食べただけで識別します。
『これ、おばあちゃんが作った野菜やろ』 と・・・・。



