河原町のジュリー in 京都 ~ノロのつぶやきNo.4~
2000.07.01著
阿月真理絵さんの”言葉の花束”のエッセイページで『河原町のジュリー』を読んだ。
40代前後以上で京都に関わりのある方には懐かしいと思われる方も多いことでしょう。
私自身はそれほど鮮烈に記憶に留めていないのですが、確かに『河原町のジュリー』は覚えています。
大学を卒業してからだったでしょうか?
学生時代の友人である野郎と看護士の女性と3人で河原町を歩いていたとき、『河原町のジュリー』とすれ違ったことがありました。
看護士の女性が「目を合わせちゃだめなんだって!」と言う。
ちなみに、「Mちゃん」って呼んでた看護士の彼女は、今でも私のことを「最初は、何故こんなに冷めた見方するんだろうと思った」と言います。
18歳にして、そんなことを思わせたのには少々罪深さを感じてしまいますが、その彼女は何と、いまや大学教授になられている!
まあ、おっとりした姉御肌に頑張りが加われば、当然のことかもしれません。
内容は、私などが書くより、阿月さんの綺麗な文章でお読み頂くのがよいかと思います。
(既にサイトは閉鎖されています。)
2007年8月 正真正銘の阿月様よりメールを頂き、下記サイトでバックナンバーが公開されている旨ご連絡頂きました。
その後、変遷がありましたが、現在は下記から閲覧いただけます。
もともと、ご姉妹でサイト【阿月工房】を運営されていたように思いますが、おそらく、今回メールを頂いたのは、お姉さんのサイトにエッセイ【eclipse】を掲載されていた妹さんだと思います。
どちらにしても、ご姉妹そろって、素晴らしい感性で文章を書いておられました。
現在の阿月ヒカルさんのサイトのTOPページは↓こちら↓です。
ペンネームは「阿月まり」さんとなっています。
阿月ファンの私としては探し物を見つけたときのように嬉しい思いでした。
国際結婚されて、落ち着かれた今、新たなサイトとともに子育てのメールマガジンも発行されています。
『京都』には大阪や神戸には無い、凛とした精神のようなものが流れています。
時代に関わり無く、一人のルンペンの存在などが話題になると言うこと自体が『京都』ならではと言う感がします。
神戸が大阪と全く違った臭いがするのとは全く次元を異ならせて、『京都』は大阪や神戸とは全く異質なんですよね。
同じ近畿にありながら、全く異質です。
地域社会に根付いて生活するにはどうなのか分かりませんが、少なくとも学生やスピンアウト人種にとっては包容力のある街であることだけは確かだったような気がします。
蜷川府政が無くなった後、政治的には同質化しても、感覚としては依然として他の大都市と同質化はして来なかった(と私は思っている)のは『京都』の持つ独自『文化』なのでしょう。
時代の流れの中で『大阪』の後追いを志向していたなら、『京都』はおそらくダメになっていたでしょう。
いつまでも、京都は『京都』であり続けてほしい・・そんな願いは私だけでしょうか?
京都が『京都』でなくなったら・・・。
灯台を失って漂流する小船のように安心できる拠り所を失ってしまうような気がするのですが。
日本にとって、唯一『京都』は無くてはならない存在だと思います。
『大阪』は無くしても、『京都』は決して無くしちゃならない!
とにかく、阿月さんの書かれているように、
>「ルンペン=落伍者・敗北者」と短絡的に考えているうちは、
>運の本当の恐ろしさなど、まるで分かっていないに等しい。
という言葉の本当の重みが体で分かってきている今日この頃です。
私が愛した京都
京都をモチーフにした素敵な曲があります。
少し古いので、あまり販売されているものは少ないですが、ご紹介して参ります。
エッセンシャル・ベスト 渚ゆう子
2007年8月発売
京都慕情:あの人の姿懐かしい 黄昏の河原町・・・
京都の恋:私の心に鐘が鳴る 白い京都に雨が降る・・・
嵯峨野さやさや・・・たんぽぽ
京都嵯峨野の 直指庵
旅のノートに 恋の文字 どれも私に よく似てる
・・・・
もう、フォークソング集などの中でしか見つけることは出来ないかも・・・!
↓YouTube 音楽が流れます↓
加茂の流れに・・・かぐや姫
↓YouTube 音楽が流れます↓
女ひとり・・・デューク・エイセス
京都大原三千院 恋に破れた女が一人 ・・・
2007年追記
この夏、娘に友人の下宿から行けるおすすめスポットを聞かれた。
【貴船街道 恋の道】をおすすめとしておいた。
下らぬ男とは【恋】はするなよ!



