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頑張れ!ロマンたち ~ノロのつぶやきNo.2~

2000.05.20著

新しい事業や会社を起こす場合には、公的な補助金制度などが利用できます。
しかし、これに採用されるのは至難の業なんですね。

採用される重点が、必ず時代の波の中に乗れそうなものにあることは当然なのですが、至難の業にしては、その採用された案件の中に、多くのバカバカしいサービスなどが並んでいると、もう少し公的な貢献性などに重点が置かれても良いのではないかと思ってしまいます。

現在ならIT産業。
つい4,5年前は福祉だのシルバーだの文化(?)だのサービス産業が花盛りでしたね。

とにかく製造業は一昔も二昔も前からほとんどウエイトが置かれていないことは、言うまでもありません。

なにも、『もの作り』が立派だというつもりは毛頭ありません。
生産する必要のないものまで生産して物が満ち溢れている時代ですしね。
何でも生産すれば良いというものではありません。
しかし、それなら、サービス産業にしても同じことなのですよ。

公の姿勢も、公の独自性を出さない現状付和雷同型という印象が拭えません。
まあ、よく考えつくなあと感心するような下らない意味不明のサービスまでが採用されているのが多いことに正直びっくりしたものです。

米を作ってくれる人が居ないと困るけど、
あなた達のサービスがあろうがなかろうが全然困らへん!

そんな感じなんですよね。

でも、この世は、どうでもいいことの方がお金が儲かるシステムになっているらしい・・・。
というか、『経済』とは『成長させるもの』ではなく『回る環境作り』だということに発想を切り替えない限り、延々とつまらぬ事業を生み出し続けなければなりませんからね・・。
本当にやるべきことはいっぱい積み残しながら・・・。

公的制度といっても資本主義の枠内での選択だから致し方ないにしても、それならそれで良いとしても、採算ベースとは無縁の公ならではのロマンを支援する制度があってもおかしくはないでしょうに・・。

所詮、事業なんていうのは、どこかが出ればどこかがへこむという勝つか負けるかのゲームのようなものであり、目先のことでありますが、 そんな物質的・金銭的な領域とは隔絶した人間や社会のあり方の本質に繋がるようなロマンを導いていくことこそが、「公だからこそ」と言うより「公にしか」出来ないのではないですかね?

「如何に銭を儲けるか」とは疎遠なロマンたち、「にんげん」に直結したロマンたちに、ともかく頑張ってほしい!

あなたたちは、生きるには一番苦しいだろうけど、一番豊かだと言えるのかもしれない。
でも、「こういうサービスをすればニーズがあるぜ」とか「こういうサービスは美味しいかも」なんてことに真顔で取り組むのに衒いを感じる人の方が多いんですよ!
本当のところは・・・。

コムスンについて~美味しい事業としての老人福祉~

【コムスン】にしても、もちろん補助金を申請しようかという小さな事業から始まったことでしょう。

しかし、個人が自分の人生や仕事を選択する上で悩むプロセスは微塵も感じられませんね。

介護保険が導入されたから、『うまく利用して美味しい思いをしよう!』
そんな感じしか見受けられない。

個人が、
『看護をしたい』
『病で悩む人に心の希望を与えたい』
『家庭の介護負担の力になりたい』 など
それぞれの決意をしながら職業を選択していくのに比して、事業を成そうと思う者は、そのほとんどが『儲かるか?』だけの尺度からの発想しか無い!

だから、実際の事業内容は何でも良いわけです。
『何をしたいか?』『何をするべきか?』ではなく、全てが『儲かるか?』です。

村上ファンド騒動以来、『儲けることは悪いことですか?』という言葉を耳にすることがよくあります。

よくよく考えてみると、こういう言葉を吐くのは『自分の腕には職を持たない』文民ですね。
自分の腕では稼げないけれど、経済人として成功したいという欲望だけが旺盛な類の人々ではないですか?

変な言い方をすれば、『お金儲け』しか出来ない!類の人々です。
『お金儲け』にしか自分の存立基盤が見出せない。

私などの目から見れば、失礼ながら【単なる社会の害虫】です。
マインドの無い仕事なんぞは仕事とは言えません。

多くの人は『それ自体は悪いことではないけれど・・・』なんてお茶を濁します。
しかし、そういう言い方をされるなら、はっきり言わせてもらいます。
『お金を儲けることは悪いことです!』

マインドが先にあるならば、決してそんな言葉さえ発することはないでしょう!!

儲けることが目的である仕事は全て悪いことです。

そのことをはっきり言わず、ウヤムヤにしているのが今の『社会の病弊』です。
一言で言えば、「理念なき無政府経済至上主義」でしょう。


エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」

「パン屋でパンを買う購入代金としてのお金と,株式取引所で扱われる資本としてのお金は,まったく異なった種類のお金である」。
こう語りかける本書は,NHKで放送されたドキュメンタリー「エンデの遺言--根源からお金を問う」を1冊の本にまとめたものです。

もし、私たちの子どもや孫の時代が気になる方、心を痛める方には必読の書だと思います。
『モモ』や『魔法のカクテル』のようなファンタジー童話ではありません。
しかし、これらのメルヘンを書いた作家エンデの魂と良心がきっと理解できることと思います。


エンデの警鐘「地域通貨の希望と銀行の未来」

エコロジーの破局か、エコノミーの破滅か―未来世代の希望につながる「第三の道」はあるか?
ファンタジー作家M・エンデに導かれ、音楽家・坂本龍一とともに、「未来を奪う経済学」を撃ち、地域通貨の実践と銀行の胎動を紹介する。
(「BOOK」データベースより)

本末転倒逆格差社会・・著しいモラルの低下
そこには、「未来を奪う経済学」が全ての根源にある。

私たちは政治に期待することは出来ない。
【崩壊】が先か?【文化】の力で修正をかけるのが先か?
私たちは、もうその崖っぷちにまで来ていることは確かだ。

第二のホリエモン・村上ファンドの如きリバタリアンが一人も生まれないこと。

第二のエンデが続々と生まれること。

を祈らずにはいられません。

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